感動を与えないでください
感動を与えるって言い方、違和感がある。
よくスポーツ選手が使う表現なのだが、なんでこんなんなっちゃったのか。
①最初はファンによる「あのプレー感動しました!」ぐらいだったのが、感謝感激が過ぎるあまり「感動を与えてもらいました!」にバージョンアップ。
②感動を与えてもらった子どもが長じてプレイヤーになり、自分もそんな選手になりたいと思う。
③「感動を与えたい」って言う。てなところでしょうか。
与えるってさあ、ペットにエサやるんじゃないんだから。卒業証書なら授与だから与えるでいいんだけど。人が人に対して、特に与える側が使うということにモヤっとする。
◯◯してあげますね?みたいな感じだよ。
これからドラマを放映してあげますね。感動を与えたいです。ってテレビ局が言ったら、すごく怒られると思う。
だいたい感動とか元気って、与えたり奪ったりするもんじゃないでしょう。
くださいって言ったらもらえるのか?元気泥棒とかいるのか?あらいやだ。いそうだな。相対するとHPがぐんぐん減っていく相手は確かにいるな。でもそれはそいつとのコミュニケーションのしんどさを感覚的に捉えた表現であって、実際なにかを強奪されているわけじゃない。
閑話休題。
かの孫悟空だって、オラに元気を分けてくれ!と頼んでいた。
ドラゴンボールにおいて元気は物理なんだけど、もらう側でもこの程度でいいんだと思う。
感動は俺が自分のタイミングで勝手にする。
与えて下さらなくて結構だぜ。